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日本語・タイ語会話クラス

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タイ語について

~タイを知ろう~
タイ語会話を学ぶ上で知っておきたい日タイの関係をご紹介いたします。


<日本とタイの交流の歴史>

1887年9月26日に「日タイ修好宣言」が調印され、2007年に日本とタイの正式な外交関係は120周年を迎えますが、文献によると日本とタイの交流は600年ほど前からあったとされています。


シャム(1939年までのタイの呼名)と日本は14世紀頃のスコータイ王朝時代から通交関係を始め、シャムは日本の南に位置した琉球王国の商人と交易を行っていました。当時の琉球のシャム向け主要輸出品には、絹、織物、中国陶器、日本刀などがあり、シャムの日本向け主要輸出品には染色樹(平安宮廷貴族の着物を染色する赤色染色の原料)、香樹、宋胡録、香辛料、砂糖、酒などがありました。
*沖縄の特産品「泡盛」は14世紀中頃から製造され始めたとされており、酒造方法はラオロン(タイの廊酒)と非常に似ており、タイ米が主原料となっています。


アユタヤ時代後期(日本の江戸時代)に入ると、徳川将軍とシャムの間で交わされた交易や使節団交流のやり取りが歴史的文献に残されています。しかし、このような交流も幕府による鎖国令により衰退していきました。
16世紀末にはシャム国王がアユタヤ都に日本人居住の地区を作る勅許を出したことにより移住する日本人が増え、日本人町ができました。その日本人移住者の多くは貿易商、雇用者、傭兵隊となり、中でも「日本人傭兵隊」を率い、アユタヤ時代のソンタム王より“オークヤーセーナピムック”の欽賜名を授かった静岡県出身の山田長政は最も知られる人物の一人です。現在でも、静岡では山田長政にちなんだ日タイ友好長政まつりを毎年10月中旬に開催しています。


西洋諸国によりアジアの国が植民地化される中、日本が明治維新により近代国家建設を開始したのとほぼ時を同じくして、ラッタナコーシン朝となったタイ王国は、ラーマ5世の下で国家の近代化を図りつつ独立を維持しました。
そして、1887年(明治20年)9月26日、「日暹(にちせん)修好通商に関する宣言」(日タイ修好宣言)により、正式に国交が開かれました。この宣言は、両国が国交を結び、通商・航海を奨励し、将来の条約をもって詳細を規定するという簡単で抽象的な内容のものでしたが、これは明治の日本政府が東南アジア諸国と外交関係を結んだ最初の条約でした。


(タイ王国大使館「微笑が心を繋ぐ愛のかけ橋 日タイ修好120周年」より要約)








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